昨年10月、宮崎県でてんかんの発作を起こして軽自動車を暴走させて、歩道を歩いていた6人を死傷させるという事件がありました。運転手は自動車運転処罰法違反(危険運転致死傷)罪などに問われており、いまも裁判が続いています。
一般には、多くの人々が”てんかん”と聞くとたいてい、全身けいれんをともなう強い発作のみを思い浮かべます。事実、てんかん患者は日常生活のさまざまな場面で突発的に発作を起こし、強いけいれんの後に全身を硬直させ、意識を失って倒れます。そのため、人々の意識の中にはその症状だけが焼きついてしまいます。
冒頭の痛ましい事故のような報道があると、なおさらてんかんのイメージは凝り固まったものになるでしょう。
今回は、てんかん発作について、少し考えてみたいと思います。
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てんかん発作はいつどこで起こるかわからないため、患者は、職業の種類を制限される、運転免許を取得できない(現在は可能)、学校で水泳の授業に参加できない、などの不利益を被ってきました。
また、過去にはてんかん患者が社会の偏見や無理解にさらされることが少なくなかったのです。
しかし、強いけいれん発作伴うてんかん患者は、実際には患者全体の30パーセント程度にすぎません。てんかん発作の大半は、イメージよりもずっと軽く、中には発作が起きたことを自覚しない患者も少なくありません。
日本のてんかん患者の数は、人口10万人当たり500~1000人とされているので、患者総数は60万~120万と推定されています。
しかし、実際にてんかんと診断されて治療を受けたり、てんかんを抑える薬(抗てんかん薬、抗けいれん薬)を使用している人は、その半数以下と見られています。
つまり、自分がてんかんであることを自覚していない人がたくさんいるということになります。
WHO(世界保健機関)の定義によると、てんかんとは「さまざまな原因で起こる脳の慢性疾患で、脳神経細胞の過剰な興奮により発作がくり返し起こるもの」とされています。
人間の脳には1000億以上の細い繊維状の神経細胞(ニューロン)が存在します。ひとつひとつの神経細胞からは数百~数千もの枝(神経線維)が伸びており、それらが他の神経細胞とつながって極めて複雑なネットワークを形成しています。
このネットワークでは、1個の神経細胞が刺激を受けて興奮すると、その中に微弱な電流(活動電位)が発生し、その細胞につながっている他の神経細胞へと次々に興奮が伝わります。
こうして特定の刺激に対して特定の神経細胞が興奮するという現象が脳内を波のように広がることにより、私たちの脳はさまざまな出来事を識別し、情報を処理し、記憶します。神経細胞の興奮は、それが秩序正しく起こり続ける限り、物事を正常に記憶したり考えたりすることができます。
しかし、てんかん発作が起きるときには、脳のある部位の神経細胞が異常に興奮して電流を脈絡なく立て続けに放出し、過剰放電の状態となります。こうなると異常な興奮は周囲の神経細胞にいっきに広がり、脳の一部または全体が極度の興奮状態となるため脳はノイズがあふれ返り、乱雑な信号を受け取った体は、全身の筋肉のけいれん、硬直、意識の断絶、失神などを引き起こします。
発作を起こした人が意識を失って倒れるのは、脳がこのように完全なパニックに陥ってしまうためです。
脳が異常な興奮を引き起こす原因は、脳に損傷や奇形があるためということもありますが、CTやMRIなどの診断装置で脳を検査してもとくに異常が存在しないことも少なくありません。
このようなてんかんは、特発性てんかん、原発性てんかん、あるいは一次性てんかんと呼ばれます。
てんかん患者の80~90%が特発性てんかん、すなわち原因がはっきりしないてんかんです。
1990年代に人気テレビアニメを見ていた多くの子どもがけいれん発作を起こす「ポケモン事件」が起こり、海外では死亡した子どももいたことから、国際的にも社会問題化したことがあります。
このときの原因は、テレビ画面に現われた赤と青の光の激しい明滅が脳に異常興奮を引き起こしたためで、「光過敏性てんかん」と呼ばれました。これは光の明滅に対する先天的な脳の過敏性が原因と見られ、特発性てんかんの一種とされました。
特発性てんかんは、おそらく体質的に脳の神経細胞が興奮しやすいことに原因があると見られています。
これは、脳全体が発作を起こす、全般性てんかんです。
ただし、明らかにてんかんが遺伝する家系もあるものの、親がてんかん患者の場合にはその子どもがてんかんを発症する確率は5パーセント程度であることから、遺伝性のてんかんはそれほど多いとはいえないようです。特発性てんかんの多くは、治療によってそれらの症状の発生を抑えることができます。
他方、てんかん患者全体の20パーセント程度は、検査によって脳の異常を確認することができ、症候性てんかん(二次性てんかん)と呼ばれます。これらのてんかんは、出産時に胎児の脳に酸素が十分に供給されなかった、頭蓋内に出血が起こった、脳に先天的な奇形がある、外傷や脳腫瘍、脳梗塞、脳炎などを経験した、薬物の影響、などを原因として発症します。
高齢になって発症するてんかんのほとんどは、脳内出血やアルツハイマー病などの、脳が変性する病気によって生じる症候性てんかんです。これらのてんかんは、脳の構造的な破壊によって起こるために、一般に治療が難しく、脳の損傷範囲が広いほど治療が困難になるとされています。
抗てんかん薬のはたらきは複雑で、症状や原因によって効果を現す薬が異なります。
複数の抗てんかん薬を組み合わせると効果が高まることもあるものの、副作用が強まったり、逆に効果を打ち消しあうこともあります。
そのため、抗てんかん薬はなるべく1剤のみを使用し、それで発作が抑えられないときは別の薬を追加し、その効果があれば最初の薬を少しずつ減らす、という手順を踏みます。
こうした方法で、患者の半数は発作を完全に抑え込むことができ、30パーセントは発作の頻度を減らして、ほぼ正常な日常生活を送れるようになります。
つまり抗てんかん薬は、ほぼ80パーセントの患者に有効なのです。
てんかん患者は、自分に合った薬を見つけた後は、毎日規則的に薬を服用します。
薬が多すぎると、強い眠気やめまい、吐き気が起こることがあり、副作用が顕著なときや一部の薬は、使用量を調整するために血中濃度を測定する必要があります。
また一部の薬は、胎児に奇形を生じさせる危険性をもつため、患者の女性は妊娠にも慎重に臨まなくてはなりません。
妊娠を予定したときや妊娠が明らかになったときには、薬を変えたり、減量する必要も出てきます。
てんかん発作は薬を飲んでいても起こることがあり、ほとんどの患者は、その人固有の前兆を感じ取ります。
耳鳴りや異臭がする、変な味を感じる、光が視野の中を飛ぶ、胸を突き上げるような吐き気を感じる、以前見た光景が突然目に浮かぶ、などです。
これらは脳内で過剰な放電が始まっていることを意味し、放電の開始部位(発作の焦点)を示唆しています。
発作の前兆を感じたら、患者はすぐに危険なものから遠ざかり、腰かけたり横たわったりして、発作が始まってもケガなどを負わないようにします。
しかし、薬をきちんと飲んでいれば、前兆だけで発作にまでいたらないこともあります。